タイトルロゴ大山祐史の経営コラム

 


 <本日のツボ142>
   『一人でも二人で生きているつもり』

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<ツボの説明>

  やたらと耳にする機会が多くなった「少子化」や「高齢化」な
 どという言葉を裏付けるかのように、私の同年代の知人にも一人
 で生きている方が何人かいます。

  いまどき珍しくもないので、仲間内で話題になるようなことも
 あまりないのですが、40歳をだいぶ過ぎてなお一人で暮らすこ
 とには、いろいろと苦労もあるのだろうなと想像しています。

  幸いなことに「一人の方が気楽でいいよ」などとうそぶいて、
 一人の楽しさを周りの人々に見せびらかしているような者はひと
 りもいません。

  こういう者に限って、見せびらかす相手と別れてほんとうの
 一人になったとき、自由で楽しい生活の代償としてだれよりも大
 きな寂しさを味わっていることがわかっているので、そのような
 独り者が楽しんでいる様を見ていると、なんともいえない悲しい
 気持ちになってしまうのです。


  本当に楽しめている人は、その楽しさを宣伝するために他人を
 わずらわせる必要などないので、目立たず淡々と生きてくれてい
 ます。

  周囲の者にとっては、それが何よりもありがたい。
 ありがたいけれど、せっかく一人で楽しく生きている者を「あり
 がたいからいっしょに楽しく飲もう」などといってわずらわせる
 のも気が引けるので、こちらからあれこれ気を遣ったりすること
 もありません。


  一人で生きることは寂しいにちがいないのだけれど、一人でも
 静かに楽しく過ごせている人というのは、自分との対話を上手に
 こなしているのだと思います。

  自分の中に、真摯で賢くじっくりと相談するのに値する相手が
 いてくれれば、その対話は有意義で飽きることがないものになる
 にちがいない。


  私の場合、自分の内面と対話していると、そいつはどうにも怠
 け者で、猜疑心が強くてものごとを悪くばかり考えてくれるもの
 だから、5〜6分話をしただけでうんざりしてきてしまいます。

  それでも周囲には、真っすぐで真摯な上に本当に優秀な人々が
 いてくれますから、そういう実在の人間と話しをすればいつも、
 「なるほど」と気分よく納得することができます。


  我々はまともな大人ですから、だれかにすがって生きてゆくわ
 けにはまいりません。

  どのみちいずれは「一人で」生きてゆかなければならないので
 すが、一人であっても誰かの声に耳を傾けることができれば、そ
 れが大きな支えになってくれるものです。

  内なる自分の声が傾聴するに値するものであったならば、それ
 ほど心強いことはありません。


  どちらにしても「本当に一人」で生きてゆくのは、なにかと困
 難がつきまとうものであるようです。

  一人でも二人で生きてゆくつもりで、いろいろな声との対話を
 楽しみながら過ごしてゆくというのが、自分との人間関係をうま
 く構築してゆくやりかたです。

  自分との関係がうまくやれるようになると、不思議なことに、
 周囲の人々との人間関係が簡単になってきます。

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 アドバンマネジ経営コラム by 大山祐史


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